【東日本大震災が教えてくれたこと】

こんにちは、やっさんです。
本日もカフェの営業、無事終了しました。
ご来店いただいた皆様ありがとうございました。
 
昨日は3月11日でした。
東日本大震災の発生から丸6年が経過した昨日の14時46分、黙祷を行いました。
 
東北を多くの悲劇が襲い、今もなお続く悲しみ。
 
まだ大学生だった当時の私と妻は、
2011年の6月に復興支援として赴いた岩手県陸前高田市で出会いました。
 
何ができるかなんて全くわかりませんでしたが、今行かないと一生後悔してしまうのではないか…
 
そんな思いが当時の私を突き動かしていたように思います。
 
東北の地に降り立ち、現地の光景を見たときの衝撃は今でも忘れません。

眼前に広がる何も無い場所。

一切、言葉が出てきませんでした。

そこにかつて家があり 道路があり 人が住んでいた街があったと現地の方に説明されても、全くイメージできませんでした。
 
そのような状況下でも懸命に前を向き、一歩ずつ歩を進めていく東北の皆様の力強さに、
逆に我々がどれだけ勇気を与えてもらったことでしょう。
 
その時にお会いした現地の皆様 コーディネート頂いた関係者の方々には、本当に感謝してもしきれないのです。
 
どれだけの悲しみを背負っていようとも、私たちにお話をしてくださり、私たちの言葉に耳を傾けて頂きました。
 
そして何よりも、この大きな出来事によって
私たち自身の暮らしを見つめ直すきっかけを頂きました。
 
「生きていく中で、本当に大事にしていかなければいけないことは何?」
 
「私たちの未来を担うこどもたちに何を残していきたい?」
 
「そのために今の自分にできることはどんなこと?」

あまりにも当たり前に日常を暮らせてしまえる日本だからこそ、そのありふれた「日常」をもっと見つめ直さないといけないのではないか。
 
便利さの裏に隠されてしまった、本当に大事にしなければいけないことは何なのか。
 
先人が積み上げてきた目には見えない文化や力強い精神性。
 
地域が育んできたつながりの深いコミュニティ。
 
自然がもたらす畏怖や畏敬の念。
 
…どれもが今の日本、特に都心部では失われつつあることではないでしょうか。
 
私たちは昨年の春から岡山県笠岡市の北部、田園風景が広がる新山地区に住まいを移し、
「自分たちの暮らしを自分たちで創る」をテーマにできる範囲で活動してきました。
 
お米や野菜をつくったり、地域の方と物々交換をおこなったり、地産食材のカフェをしたり、地域活動に参加させてもらったり、外から来る方のために田舎を体験できる機会をつくったり…
 
お金も生まれにくいことだし、すぐに効果があらわれるわけではないし、人から見ると「なんでそんなことやってるの?」と不思議がられることばかりかもしれません。
 
だけど、この3.11があったからこそ、
今のような考え方や動きが出来ているのだと思います。
 
大きなことはできませんが、
「自分たちの大切にしたいこと」をしっかりと心にとめながら、自分を・家族を・周りを 少しでも幸せにできるような暮らし方をこれからも続けていきたいと思います。
 

多くの悲しみや犠牲を伴った東日本大震災。
 
過ぎ去っていく平凡な日常のなかで
ふと立ち止まる機会を与えてくれた東日本大震災。

当事者の方々にしかわかり得ない深い悲しみがこれからもあることは確かだと思います。
その思いを絶対に無駄にしないためにも、
 
「私には何ができるのか。」
 
この問いに対してま正面から向かっていきたいです。

暮らしを再考するきっかけを頂き、真に豊かな暮らしを実現したいと思い、それに向けて足掻き悩み、一歩進み二歩後退の毎日に幸せを感じる日々。
 
まだまだ道の途中、いや、ようやくスタート地点に立てたようなものですが、改めて背筋をピンとさせてもらえる日になりました。

亡くなられた方のご冥福を心より深くお祈りいたします。

同時に、これからの日本の暮らしをつくる一人として 精一杯生きていきたいと思います。

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