先祖になる 上映会終了

こんにちは。井口(や)です。

昨日の自主上映会『先祖になる』にお越しいただいた皆さま、ありがとうございました。

上映会を行って、本当に良かった。そう感じています。


そして今日は3月11日から7年が経過する日。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

『とってもよい企画だった』

『ボランティアに行ったときのことを改めて思い出した』

参加された皆さまにそう言って頂いて嬉しい限りです。拙い進行でしたが…ひとまず安堵しました。嬉しかったのは、小学校の授業で紙ランタンをつくってくれた小学生も見に来てくれていたこと。小学生にとっての500円、小さい金額でがありません。何かを感じてくれたのであれば、この上ない幸せですね。


さて、映画のことについて、私が感じた「先祖になる」の記録を少々。

この映画の主人公は生れも育ちも陸前高田の菅野直志さん(震災当時77歳)。農業と林業を兼業で行うおじいちゃんです。このおじいちゃんがまた頑固一徹を絵に書いたような方で、こうと決めたら絶対に実行するパワフルさがあります。それと同時に、人が生まれながらに持っている「柔和さ」を最大限に発揮している方でもあります。

そんな直志さんのご自宅は大津波によって損壊し、そればかりか最愛のご長男さんを波にさらわれて亡くされました。

「『2万人が亡くなった一つの出来事』ではなく、『一人の命が失われた事件が2万回あった』」

震災当初にビートたけしが言っていた言葉ですが、震災で誰かが亡くなったと聞くたびにこの言葉が思い出されます。震災に限った話ではなく、誰かの命が亡くなるというのは、そういうことなんだと思います。当事者やその家族にしかわからない悲しみ、やり場のない思いが確実にあり、どれだけ月日が経とうと心に刻まれるもの。「被災者」「犠牲者」で括ることができるものではなく、その一つ一つの悲しみに、一つひとつ向き合うこと。

それができるのは、その悲しみを実際に受けた方しか出来ない。そう感じます。

だから、私は「気持ちに寄り添う」ということが言葉ではわかっていても、現地で実際に大切な方を亡くされた方とお話をする際には無力感しか感じませんでした。只々、お話を聞くことしかできませんでしたし、こちらからかけられる言葉など到底見つかりませんでした。陸前高田では、人の力強さを感じたのと同じくらい、人(私自身)の無力感も見せつけられたように思います。

本当の意味での寄り添う、という行為は、そんなに生易しいものではない。この思いはずっと変わりません。

ではどうしたらいのか?
実際の被害を受けていない私のような人には何もできないのか。

いや、そんなことはないのではないか…

「何もできない」ということを知る。それもまた学んだことでした


しかしながら、今回の『先祖になる』の上映会をやってみてこの「寄り添う」ということが今更ながらすこしだけわかったような気がします。ほんの少しだけです。

直志さんの生き様を描いた作品からわかったことは、「日常を大事に生き、当たり前のことを当たり前にすること。」の大切さ。作中でも、なぜ直志さんについていくのかを菅野剛さんが問われたシーンでも「当たり前のことをしている人だからですよ。」と言っているように、映画のところどころで直志さんの中の当たり前にある日常が切り取られていました。

毎朝起きたら向かいのお寺の剛さんに「おはようございまーす」と元気な挨拶をすること。お湯を沸かしてお茶を呑むこと。お客さん(映画の場合は取材陣)がきたらコーヒーを出すこと。畑に種を撒くこと。稲を植えて米をつくること。木を伐ること。そして、家を建てること。その人にとっての日常が何であるかによってすることは違うかもしれませんが、直志さんは震災が起こる前からずっと、いつもと変わらぬ日常を過ごしていたのではないでしょうか。

きっと平時は誰もが各々の日常を過ごしていますが、あの未曾有の大震災が起こったあとでも変わらずに日常を続ける凄さ。

この映画は、私が思うにですが、極端に視聴者の心情を揺さぶるようなものではないような気がします。津波が町を襲っている様子などを描写したシーンもありませんし、被災された方が受けた悲しみにスポットライトを当てたものでもありません。それを象徴するかのように、新しく建てた家でお茶を呑む直志さんの姿を撮ったラストシーン。あくまでも日常を。ただひたすらに、77歳のおじいちゃんの震災後の日常を切り抜いた作品、それがこの映画の最大の魅力であり、私がわからなかった「寄り添う」ことへの理解につながるものでした。

当事者以外の人にできる「寄り添い」の形は様々だと思いますが、私の場合は「自分の日常をしっかりと生きること」なのかと今は感じます。東北でお世話になった方々のことを頭の片隅に留めながら、自分の日常を生きる。直接的な行為ではありませんが、今はそれが自分にできる最大の寄り添いだと感じます。

そういえば昨晩中継でつないだ長谷川さんにも「高田で受けた恩は高田に返すんじゃなくて、自分がこれからお世話になる人や場所に返していけ」と言われたことがありました。
これも似たようなことなのかなあと思います。

今はそれくらいしかできませんが、自分が生きる地で自分なりの日常を家族や地域の方々と過ごす。継続することで、いつか直志さんのように何があっても力強く生きけるようになれればと思います。

様々なことを教えて頂いた陸前高田。

感謝してもしきれません。

この命あるかぎり、しっかりを日常を健やかに過ごしていきたいと思います。

本当にありがとうございました。


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